2006年 02月 03日

雪あかり

父の病院へ行く。
今日は少し良いみたいで 言葉は出ないが私の事がわかる様子。

我家の介護が始まったのは10年前、母が脳溢血で倒れてからだ。
半身不随で車椅子生活となった母を 父が介護。
そのうち糖尿など父も介護が必要になった。
要介護者同士が在宅中は介護し合い? 
(この時期がかなり辛かった) 
結局2人病院や老健施設を転々とし 
今の老人ホームへ お世話になった。 
そして父は今、ひとり病院に移された。

母が倒れた時、私の息子は幼稚園の年中だった。

息子の幼稚園の持ち物にマジックで名前を書きながら
病院や施設を転々とする母の持ち物にも記名した。
幼稚園の上履きの15cmのバレーシューズに息子の名前を書き
25cmのリハビリ用のバレーシューズに母の名前を書いた。
(結構切なかった気がする)

息子はどんどん成長して 記名するものが毎年減っていったが
母だけでなく いつの間にか父の分の記名作業が増えた。

今、父は飲食できないから箸やスプーンや入歯用品や
リハビリのバレーシューズも不要。
入院ーときいて準備するものが いつもと違ってとても少ない。

病院にいっても 家族として出来る事は声を掛けるぐらい。

今、盛岡では「もりおか雪あかり」というイベントが催されている。
ちろちろと 雪の中でもえる炎を見ていると
こんなふうに静かに燈っている命もあるんだよなー
と 柄にも無い事を考えた。
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by nanbuneko | 2006-02-03 21:46 | 介護生活 | Comments(0)


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