盛岡もののけ日記

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カテゴリ:介護生活( 88 )


2013年 09月 05日

母からの手紙

まだまだへばっております。

起伏の激しい天候に体がついていけないみたいで

やっと日常をこなしている・・・という感じ。


桜山神社付近で見かけたアゲハ蝶。

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たぶん飛べないのではないかと思う。

何枚かシャッターを切ってもこのままの姿で動かなかった。

動けないのに変なオバサンが近寄ってきて写真を撮ったりして

怖かったかもしれないなあ。。。スマン。



家に帰ると母から手紙が届いていた。



ああ、また家につれて帰れとか書いてあるんだろうなあ・・と思いながら開封してみると


「今まで困らせてごめんね。

もう家に帰りたいとかいわないから・・・・云々」

という内容がしたためてあってすごくびっくり・・・・・。


嬉しいような気が抜けたような

異常気象のせいか? とか少々気持ち悪く感じながらも

何故か泣けてきた。
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by nanbuneko | 2013-09-05 19:15 | 介護生活 | Comments(2)
2013年 07月 25日

オレンジジュース

母の受診に付き添う。

遅番に間に合うかどうかすこし不安だったけど

思いのほか早く終わってすこし時間が余った。

久々の喫茶店。

でも珈琲は飲めない。


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オレンジジュースをオーダーするなんて何年ぶりだろう・・・・。


あれだけカフェ中毒なのにまだ珈琲を飲みたいとは思わないのだから

今回は胃もだいぶ疲れているのだろう。
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by nanbuneko | 2013-07-25 22:43 | 介護生活 | Comments(0)
2013年 07月 21日

ゴマダラカミキリムシ

母に会いに行った。

1週間のうちに2通も「家に帰りたい」という手紙を貰っていたので

会いに行くのは正直気が重かった。

母は体調が悪いから実家の近くの病院に連れて行けとか

家に帰って暮らす・・・という実現不可能な計画を話しだした。

こういうとき一人暮らし無理でしょーと理路整然と突き詰めてはいけないことはしっているので

頭から否定はしないがやんわりと状況が厳しいことを話し

そして気持ちが他に向かうよう 姑息に仕向けてみるが

もちろん効果はない(笑)


駄々をこねる子供のような顔の母にアイスクリームを勧めながら思案にくれるだけである・・・。


ため息をつきながらの帰り道。

日傘に何かが飛び込んできた。

蜂にしては静かだし蝶にしては重過ぎる・・・・

日傘の骨に引っかかってるものを振り払うと

正体は・・・・
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ゴマダラカミキリムシ。


ワタシは虫やそれの類がとても苦手なのだけど撮ってみた。


鮮明な色彩・・・・撮る時はぶれないよう必死だったけど

今は直視するのが辛いわーwww
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by nanbuneko | 2013-07-21 21:02 | 介護生活 | Comments(0)
2013年 05月 26日

母との雑談

いい天気の日。

田植えをしている田んぼも見かけた。

母に会いに行った。

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最近の母は落ち着いている。

家に帰りたいとあまりがんばらなくなった。


今日は兄の誕生日だったので「兄さんを産んだ時もお天気だった?」と話を振ると

『実家にいたけど、ちょうど田植えをしていて 腹が痛くなったら呼べなーといって皆田んぼに行っていた』

のだそうで

「じゃあ、ワタシを産む時は?」と聞くと

『夕方で腹が痛くなったのに近所で火事で、父さんは消防団員だからそっちに行ってしまった』

のだそうで 結構孤独で不安な思いをしたらしい。


会話が途切れたらマッサージをして(小学校の頃から母にやらされていたのでこれだけは得意)

話の矛先がいけない方向に(笑)向かないよう努める。

無言で母の肩を揉んでいると 自分が子供の頃に戻ったような錯覚にすこし陥る。


穏やかな休日。
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by nanbuneko | 2013-05-26 19:12 | 介護生活 | Comments(0)
2013年 04月 21日

笑顔

雨の寒い日。

盛岡の最高気温 6℃。 雪の降った地域もあるらしい。

母を里帰り出産した姪っ子のところに連れて行った。


孫とひ孫と一緒の母。

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こんなに穏やかな笑顔の母を見たのは久々。


あの介護が始まったころの壮絶さが夢のよう・・・・・。
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by nanbuneko | 2013-04-21 20:36 | 介護生活 | Comments(0)
2012年 05月 03日

身欠き鰊を炊いてみた

世間の連休を尻目の木曜日。

ちょっと息切れしてる。

・・・・はい、連休は関係ありません。



先日母に会いに行って「何か食べたいものはある?」と訊いたら

「身欠きにしんを煮たのが食べたい」と珍しい返事。

昔、母の実家では身欠きにしんを箱で買って煮付けて食べたもんだ・・そうで

この季節、田んぼを手伝ってもらった人たちのお昼なんかに出したらしい。



でも、母がそれを作って食卓に乗せた記憶はワタシには無くて

どう作ったらいいか分からない。。。。


ためしに作ってみた。

身欠き鰊をお酒に漬けてしばらく置いて

それに酒粕と味噌を加えてことこと煮ると・・・・・・

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見た目は地味だけど結構おいしい♪

(ただ、母が望む味かは分からない・・)

鰊も柔らかくなってるし、酒の肴によさそうな味。

ああ、お酒が飲めればなぁ~。


また作って今度母の所にもっていこう。

しかし、なんで年取ると昔食べていたものを食べたくなるんだろう。

母にリクエストされても 私も食べたことがないものだと作るのに迷う。
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by nanbuneko | 2012-05-03 20:16 | 介護生活 | Comments(0)
2012年 01月 08日

豆しとぎ

母に会いに行く。

好物の豆しとぎを持って。

この豆しとぎという食べ物、私は子供のころから苦手だった。

明治生まれの祖母が作るそれは本当に素朴な味で若干青臭く

特に赤い豆しとぎ(小豆?)はとりわけ苦手で

冬に祖母がホウロウのボールで豆しとぎを作り始めると

「食べろ~」といわれないようその場を離れたものだった。

大人になって口にする機会があってもやはり好きになれず

これは昔のヒトの食べ物だから~と敬遠していた。



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でも先日、賢治の大地館(クロステラス内)で母用に買って味見をしてから

結構いけるかも~っに格上げ。

私自身の嗜好の変化もあるだろうけど、今まで食べたものよりずっとおいしい♪

週一回程度の入荷で11時頃に並べても3時前には売切れてしまうらしい。



母は落ち着いてはいるが

ワタシが仕事を辞めて実家に一緒に帰って暮らそう・・と少し困った提案を言い出した。

肯定はもちろんできないが否定はせず

何気なく違う話題にすり替えて「また来るね~」と逃げ帰る。

母は少しさみしそうな顔で車椅子を漕ぎながらエレベーターまで送ってきた。
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by nanbuneko | 2012-01-08 16:56 | 介護生活 | Comments(2)
2011年 12月 23日

宴の華

頂きもの。

逸品会 「宴の華」



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おいしい~♪

見た目は地味だけど私のような体質の者でも9割は食べられる素材。

止められない~止まらない~♪




今日は朝から雪模様。




火の用心が大事な季節ですね。

両親が在宅介護末期の頃 この季節は不安で仕方ない季節でもありました。


車椅子の母と歩くのも思うにまかせなくなった父との二人暮らし。
しかも父はそんな身でもたばこを吸い、ビールをぐいぐい飲んで寝込んでしまうようなツワモノ。

私たち子供が心配してファンヒーターを送っても
「餅を焼いて食べるのに便利だから
という理由で反射式石油ストーブを愛用・・・・・・・・。

風が強い晩などは
もし実家で火事を出したら・・・・と妄想して胃の調子が悪くなったりしたものでした。

遠く離れて暮らす兄は苦肉の策として
某警備会社にセキュリティの申し込みをしたのでした。


安普請で老朽化した実家には
実に不釣り合いなセ〇ムのステッカーが玄関やら窓やらに貼られました。

一番の目的は防犯ではなく火災の時に駆けつけて貰えるように。

父と母の首には紐を引っ張ればセ〇ムの方が駆けつけてくれるという
ありがた~いおっきいペンダントのようなものがかけられました。

どうしても一緒に暮らして親をみてやることができない私たちには
TVでヒーローを呼ぶ時に使うステイックと同じように
よりどころでもありました。

幸いその紐は引っ張られることはなかったのですが

契約して説明に来た警備会社の方が

寂しいからって紐、引っ張ったりしませんよね?」

と小声でワタシに言ったのが印象的でした。

そういうこともないわけじゃないのね・・・・きっと。


雪見てたらそんなことを思い出しました。

明日も寒そうですね~。
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by nanbuneko | 2011-12-23 20:00 | 介護生活 | Comments(4)
2011年 11月 27日

季節

母に会いに行く。

落ち着いているけれど実家に帰って暮らす気満々な様子・・・・。


どこそこでは雪が積もったとか雪かきの大変さとか

冬の暮らしの大変さを思い出すよう話を仕向けるが

耳を貸さない。

まあ・・それも年中行事のようなものではあるけれど。


「わたしにとって夜は、家に帰ったらどう暮らすか考える時間なんだ」

母がぼそっと言った。


実は母は無理なことも知っていてそれでも夢をみたいのかもしれない・・

そんな気がした。




帰り道見かけた実。

これってなんの実だっけ?

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 ♪ 季節は色を変えて~幾度巡ろ~とも~

この気持ちは枯れない~・・・・



というメロディが浮かぶ帰り道。

家というのは帰りたいものなのだろう。
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by nanbuneko | 2011-11-27 16:50 | 介護生活 | Comments(4)
2011年 09月 29日

逃走劇

いいお天気の日でした。

すっかり秋に移り変わる前の名残の暑さ・・・という感じでしょうか。


母の逃走劇も3年ぐらい前のこんな日でした。


そのころの母は家に帰りたい一心でいろんなことに抵抗していました。

拒食・拒薬・通院拒否・・・施設のスタッフの皆さんには散々たてつき

とっても悪い子・・・・・じゃなく悪いばーさんw

私が面会に行くと

「此処では生米を食べさせる・腐ったおやつを出す」とか

「薬で殺されてしまう」とか「モノを取られた」とか

幻想なのか作戦なのか・・・ありもしない事を罵詈雑言。騒ぎ放題。


「誰も家に連れて行ってくれないのなら、車いすを漕いで一人で家に帰るっ!!」

施設を出てひたすら実家に帰りたい様子だった。



気分転換にと母を岩手公園なんかに連れていくと

「あれは岩手○報社か? あそこに連れて行け。施設での自分の待遇を新聞社にうったえるっ!」


そう・・・岩手公園からはすぐそばの新聞社の看板が大きくみえるのだった。

ーあれは看板だけで新聞社はもっと遠くに建ってるんだよ・・・苦しい嘘をつくワタシ。


警察署の屋上にヘリが着陸しようとしているのを

「ほら母さん、ヘリコプターが・・・」と言いかけて其処が警察署と知れるのを恐れて口をつぐんだ。

母は「訴えるから警察に行くっ!」とも言っていたのだった。



そのころの母はとても意地悪な顔で独特のエネルギーを放っていたと思う。

あんなに嘘つきが嫌いだった母が虚言(妄想なんだろうか?)で周りを傷つけ

我慢ばかりしていたはずの母が我儘に自己主張をしていた。。




そんなある日、面会に行くと

母はエレベーターに向かって必死で車椅子を走らせていた。

施設の主任さんがワタシに目配せして「外に行きましょう」と。


母はエレベーターを降りると事務所のカウンターの前を通りすぎ

猛スピード(本人はそのつもり)で玄関までたどり着いた。

車いすを漕ぐ母の必死の様子は今でも目に焼き付いている。



「そんなに車いすで帰りたいなら通りの道まで送るね」と

主任さんとワタシで通りまで母の車いすを押した。


車がびゅんびゅん行き過ぎる道の歩道を母はひとりで車いすを漕ぎ始めた。

道路の歩道はかなり凸凹で歩いているときはそれほど感じないが

車いすで進むとなると障害物だらけなのだ。


「あっちが実家の方向か?」

実家までは何十キロもある。

母は遠くを無据えるような眼をして 更に漕ぎ始める。

車いすは凸凹にタイヤをとられて10㎝単位だろうか・・少しずつしか進まない。

それでも母は必死に漕ぐ。

草臥れて少し手を休めるがそれでも再び漕ぐ。

危なくないよう主任さんとワタシとで見守る。


夏の名残の日差しは強く、久々に日傘無しで歩くワタシの肌はすぐ赤くなった。


何度も休んでは漕いで、休んでは漕いでそれでもさっぱり進まない・・・

母はため息を深くつくと漕ぐのを止めて、突然大声で唄いだした。

母は悲しいときに唄う癖がある。

大声でとても大声で・・・目の前の民家の人は吃驚しているのではないかーと思いながら

ワタシは声を張る母の姿をただ見ていた。

そして、大人しくなった母を主任さんと施設に連れて戻った。


主任さんは、自分だけの力では家に帰れないし住めないということを

実地で母に分からせたかったらしい。

主任さんの判断に感心し、感謝しながらやはりプロってすごいなあ。。。とも思った。

なだめてるだけじゃダメなんだなあ。。。。



職員の方が優しく昼食を母に勧めてくれたが母は俯いたまま。

まだ意地を張って拒食なのかな・・・と顔を見ると

母は真っ赤な顔で小刻みに震え、胸を苦しそうに押さえていた。

まさか、心臓が!と焦ると

母はこらえきれず嗚咽を漏らし始めた。

そして、幼い子供のように泣き始めた。


あんな風に泣く母を見たのは初めてだった。



その日は、家に戻って日光疹の薬を塗りながら

今夜、母は眠れたろうか・・・と考えた。



今日はそんなことを思い出した。
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by nanbuneko | 2011-09-29 23:45 | 介護生活 | Comments(4)