盛岡もののけ日記

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カテゴリ:介護生活( 88 )


2011年 04月 10日

スキンシップ

母に会いに行く。
結構元気だった。

途中から「家に帰る」と言い出したので
「マッサージしてあげるね」と言って肩や脚をマッサージ。
私にしてあげられるのはせいぜいコレくらいなのだ。

そして、心地いい気分だとヒトは嫌な話はしないものだ。
姑息だが話がやばい方向になってきたら
いつもこうして流れをかえてみる(笑)。

自己流だけど顔もリンパマッサージをしてみた。
母の顔の皮膚は吃驚するほど柔らかくてつるつるしていた。

16年もの介護生活で屋内にいることが殆どの母の肌は
若い頃より白く柔らかい。

マッサージしてあげた後は上機嫌で見送ってくれるのでこちらも嬉しくなる。
血流がよくなって気持ちも良いのだろうが
スキンシップでココロが和らぐのかもしれない。




                              帰り道見つけた花。

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                              たぶん アヅマイチゲ?




明日は雨らしい・・・・・・
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by nanbuneko | 2011-04-10 19:51 | 介護生活 | Comments(2)
2010年 07月 11日

記憶

母に会いに行く。

近頃、とても落ち着いている。



昔話などしてみる。

ワタシが小学生の頃、母の実家の台所のテーブルは

長方形の天板で引出しが付いていて
(無印○品で売られているオーク材のテーブルと似ているが大工仕事感が強い)

それに木製の丸椅子の組み合わせが ワタシはとても好きで

行くと密かにそのテーブルの引き出しを開けてみたりしていた。

そんな話をテーブル・丸椅子の図解つきで話しても

「そんなハイカラなテーブルはなかった。

(自分が子供の頃は)座卓で座って食べた。父だけはお膳で食べていた」 と譲らない。

母ではなく私が子供の頃だよーと言っても

そんなテーブルは知らないと言い張り、記憶にない事も認めない。


「おじいさん、そのテーブルでご飯にきな粉をかけて食べていたのを覚えている。」

とワタシがいうと

「うん。 父はきな粉をかけてお膳でご飯を食べていた」と母。

、きな粉だけは一致。



母が脳出血の手術の前、血液を被った状態の脳の写真を見せられ

血液を被った細胞はもう機能しないと医師から言われた事を思い出す。

とんでいる母の記憶がその後遺症によるものものなのか

単によくある「忘れている」ーなのかは分からないけれど

記憶にないことを絶対認めないのは負けず嫌いの母の性格のせいだろう。



最近、何故か

そんな風に母の実家のテーブルを懐かしく思い出したり

通った小学校の校門が浮かんできて見に行きたいと思ったり

認めたくはないけれど「トシ」のせいかもしれない。




因みに ご飯にきな粉のトッピングは祖父が美味しそうに食べるので

試してみたことがあるが

ワタシ的にはNGだった。。。。。
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by nanbuneko | 2010-07-11 23:59 | 介護生活 | Comments(0)
2010年 03月 28日

この時期にしては寒すぎる朝でした。

盛岡の最低気温 マイナス8℃ ぐらい・・。

でも日中は春っぽい日差しで穏やかな天候でした。



川べりを散策。

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ふきのとう
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意外なことに花も咲いてもう茶色になっているのも多かったのですが可愛いのをup。



よく見ると つくしも出ていました。
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そして定番のたんぽぽ
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そして水と光。
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草や木、水や光 ほんの数十メートル歩いただけで癒してくれるんだから凄いです。



今日は母に会いにいきました。

帰りしなに

「春に気をつけろ」 と 一言。

うーっむ・・・こちらもある意味凄いかも。
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by nanbuneko | 2010-03-28 16:53 | 介護生活 | Comments(0)
2009年 06月 19日

田植えの思い出

f0031978_0295473.jpg昨日は母の所に行った。
相変わらずの「帰りたい病」

施設の方と
病、緩和の為の相談など。


帰り道の田んぼ。


母の実家は農家だったので
幼い頃は
田植えの時は手伝いに行く母に
連れられて行ったものだった。

忙しいので
昼やこびるまで放置される訳だけれど・・





皆が田んぼに出かけている間
嫁である叔母が忙しく
昼食やこびるの団子などを作っている後姿をみていると

「この家の中でこのヒトだけ違う・・・」

嫁の立場など解らなくても
幼な心にも嫁の孤独のようなモノはひしひしと伝わってきた。



放置されていた為に自由に田んぼ廻りや川のそばで遊んでいたが
今にして思うと危険はいっぱいで

蛇と遭遇したり
小さい溜池のような所に
アカハラが沢山いたのをみて気持ち悪くなったり

川には1mかそこらの滝があって
ワタシは好んでその場所に行ったけれど
幼児が事故に遭うには充分すぎた訳で

長閑な田園風景の中でもサバイバルな要素は沢山だった気がする。


それでも、幼いワタシを喜ばせる為に
昼時になると
祖父が柳の木を折って先を削ってワタシ専用の箸を作ってくれたり
母が蕗の葉っぱにお赤飯のお握りをのせて出してくれたりと

田んぼの傍で食べる昼食は美味しかったー と記憶している。


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昨日、見かけた桐。 
岩手県の県花。

母の世代だと娘が生まれると桐の木を植えて
嫁に出す時、箪笥に作ったらしい。
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by nanbuneko | 2009-06-19 23:52 | 介護生活 | Comments(4)
2009年 05月 17日

雨の日

雨降り。
母のところへ行く。

相変わらずの「帰りたい」病・・・というよりは
「帰るから!」(断定)病、悪化。

親不孝者と言われそうだが
面会時間はある意味苦行ではある・・・・。

母の言葉を聞いている間のワタシの心はこんな感じかも(笑)
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やっぱり花は癒されるなあ。
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中津川の河べりに立つと
いつもは聞えないような鳥の声が響いていた。



母も毎日、外に出て花を見ていられるようだったら
気持ちも違ってくるのかもしれないけど・・・・・。
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凄く精神的に脆いワタシが
辛うじて心のバランスを保てているのも
川や花や木やそこに棲んでいるものから
いつもエネルギーを貰っているおかげかなあ。
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by nanbuneko | 2009-05-17 13:56 | 介護生活 | Comments(0)
2009年 05月 02日

月見サイダー?

暑い日だった。
盛岡でも23度を越えた。

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自販機の前で足を止めて
思わず買ってしまった。
これはウルトラマンのデザイン。
全部で6タイプ、シリーズであるそうだ。













母に会いに行った。
家に帰りたい病、悪化の一途。
天候が良いと里心激増強。

「もう長くなんかないんだから自分の好きなように生きてみたい、家に帰りたい。」

それは、多分倒れてからの事だけじゃなくなんだろうけど
気持ちは解っても、出来ない事は出来ないのだ。

「○○子(私)が連れて来たんだから、責任もって連れて帰れ
連れて帰らないなら自殺する」
とまで言われ

普段、母の前では感情的にはならないワタシも思わず涙目。



あー、今夜は月でも眺めながらサイダーを啜り
自分の心の子守りでも・・・・・。

地球から暫し逃避したい・・・シュワッチっ!



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by nanbuneko | 2009-05-02 19:47 | 介護生活 | Comments(0)
2009年 02月 28日

ニリンソウ

母に会いに行く。
先日からの『3月になったら家に帰る』病、重し。

はあ。

またすったもんだが待っているのかなあ。

母のところからの帰り道、福寿草を見つけた。
先日のふきのとうもそうだけれど
いつも通っている垣根とか目立たないようなところに
ひっそりと春は顔を覗かせていたりする。


子供の頃、
ニリンソウが早めに咲く場所があって
まだ雪が残っているうちから
家から少し遠いその場所に何度か足を運んだ。

ニリンソウが咲いているのを見つけた時はとても嬉しかった。

盛岡では何処に行けば見られるんだろう?
見たい・・・ニリンソウ。
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by nanbuneko | 2009-02-28 23:55 | 介護生活 | Comments(0)
2009年 02月 01日

母に会いにいった。
私の体調不良のせいで2週間ぶり。
何故来なかったか?と若干責めを感じる口調。

例によって「3月になったら家に帰る」と言い出した。
慣れてはいてもこの言葉を言われるのは辛い。

「連れてきた人間が責任をもって連れて帰れ」 ←私のこと

「どうせ死ぬなら家に帰って死にたい、此処は厭きた」と母。

家で一人では暮らせない事を説明しても無駄なことは
これまでのスッタモンダで解っているから、言葉を失った。
ただ、黙って母の顔を見ていた。

自分もいつか老いる。
健康でいられる自信は全く無い。

私はどんな老いを息子に見せるのだろうか・・・。
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by nanbuneko | 2009-02-01 23:58 | 介護生活 | Comments(2)
2008年 10月 25日

午後から母に会いに行った。
先週はご機嫌が良かったが、今日はNG。

連れて帰れコールを大量に浴びせられる。

「気持ちは解るけど出来る事と出来ない事がある、ひとりで暮らせないでしょ?」というと

『死んだほうがましだ』とか『パンを無理やり飲み込めば死ねる』とか
最近のニュースになぞらえて、脅しを掛けてくる・・・

盛岡に連れてきてから6年が過ぎた。
もう、こういった事を言われるのに慣れてはいても
時々、母の言葉にうんざりして会話にならなくなる。
一方的な母の独壇場となる。

そんな時は母の部屋の備え付けの鏡に向かい
鏡の自分に『我慢!』と言い聞かせながらやり過ごす。

この部屋の鏡はそんな私と母の姿を何度も映してきた筈。
今日も鏡のムコウの母の姿に老いたなあ・・と思いながら
6年前と較べて自分も老けたなあ・・・と寂しく実感した。
(それにしてもいつからこんなに男顔になったんだろう?・・・)


鏡って置かれる場所によって
映すモノが全然違ってくるんだよね。
不思議な面だなあ・・・と思う。

帰り、ケアマネさんと少しだけ会話。
この方、華奢だけど不思議な力を感じる人で
少し挨拶しただけで何故かほっとした。
素敵な笑顔だ。
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by nanbuneko | 2008-10-25 23:50 | 介護生活 | Comments(0)
2008年 09月 21日

昨日、母に会いに行ってきた。
家に帰りたい病はいつもの事だが
何かに憑かれたかのように帰りたい気持ちが大きくなって
回りを困らせるときがある。

今もそんな時期。
知っているので、面会に行くのも気が重い。

母の部屋に入るなり毒づかれた。
激しく自己主張をする母。
部屋は毒で満たされたように淀んでくる。
親として言ってはいけない言葉もあびせられ
母の「老い」と「帰りたい気持ち」をじっとかみ締める。

・・・・切ないのお・・・・・・

夕べは母の毒に当てられた訳ではないだろうがダウン。
貧血なのかなあ? 髪も薄くなってきたし・・・・ううっ。

今日は気分転換に食器棚を整理。
不要なものを捨てると結構すっきりする。

棚の奥から、前に買ってしまっていたお猪口が出てきた。
以前はこれで日本酒も飲めたんだけどなあ・・・
今度、ちびっと挑戦して飲んでみよっかなあ。←懲りてない
毒となるか薬となるか・・・


                    
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by nanbuneko | 2008-09-21 21:38 | 介護生活 | Comments(4)