盛岡もののけ日記

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2006年 02月 05日

天井のシミ 続編

それからというもの 家に帰るのが嫌になった。
友人と飲みに行ったり、 或は泊めてもらったり 
なるだけ在宅時間を減らして過した。
そうはいっても、そんなに飲んでいられるほどリッチな暮らしぶりでもなかったし
友人だって いろいろと都合というものがある・・・・

そんなある日、
お茶を飲もうと 台所でやかんを乗せてガスに点火した時の事
カチカチ・・点かない・・・もう一度カチカチ・・
ボワーン!という音と共に目前に青い火が飛ぶ込んできた!
溜まったガスが一気に点いたらしい
髪と眉が焼けこげ 顔も若干やけどした・・・
ボーっとしていて不注意だったとはいえ、こんなに暴発するなんて!

幸いやけどはたいしたことがなく済んだが
それ以来 ガスの点火が怖くて 暫くの間料理が出来なくなった。

そのうち天井に 赤い閃光を見るのと同時に
「もっと苦しめてやる」と言う声が 自分の頭に中に反響する様になった。

やばい! 私はノイローゼかも知れない・・
部屋を改めてみると
どうしてこんなに購入したのか自分でも解らないが
30cm×90cmの鏡が3枚も 壁に合わせ鏡状に掛けられているし
(私の苦手な筈の)ピンクのインテリア用品が増殖している。
カーペット・マット・家電製品までピンク・・・・・

やっぱり 私は変なのかも知れない。

もうどうしていいか解らなかった。

そんな折、職場が移転する事になった。
この場所からはかなり遠くなるー 通勤に大変になる。
この機会に引っ越そうか?
でも先立つものが・・・・・あービンボーって悲しい。

そんな自分に引越しの決心をさせる事件があった。

その日も残業続きで遅く帰宅。 
スーパーの惣菜を食べて夕飯代わり。
そのままテーブルに突っ伏して眠ってしまったらしい。
TVは点けっ放し・・・砂の嵐状態だったと思う。
なにか物音で目が覚めた
!!換気に開けておいた吐き出し窓から人が入ってこようとしている!
こんな時「泥棒!」とか「痴漢よ!」大声とか出せればいいのだが
出た言葉は「誰~」と ひ弱・・・

しかし、気が弱い輩だったらしく 慌てて逃げだした!

「うー石でもぶつけてやればよかった!」と逃走する姿を確認したのち
怖さがこみ上げてきた。
比較的近くに住んでた友人宅に転がり込んでその晩は過した。

翌日、親に電話して来てもらい、借金を申し込み
すぐさま 引っ越し先を探した。

もののけも怖いが 人のほうがもっと怖い!!!!!!!!

※ しつこいようですがこれはほんとの話です。
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# by nanbuneko | 2006-02-05 19:52 | もののけの気配 | Comments(0)
2006年 02月 05日

続・天井のシミ

どうして今年はこんなに昔住んでいた 
あの気味悪い家を思い出すのだろう?
ー今年の寒さが、あの頃と似ているせいかもしれない。

引っ越してからというもの ホンとろくな事が無かった。
それまで順調だった仕事も うまくいかなくなった。
自分が手を抜いたとか 決定的なミスをしたとかなら分かるが
実にタイミングよく 誤解されるように事が進むことが多発した。
正そうとすればするほど 物事は悪い方に流れていく。
結果、人間関係もくだらない事でこじれ
悩みの種は尽きなくなっていた。

変な咳をすることが増え、久々に姉に会ったら
「ずいぶん痩せて、姿勢も悪くて 物凄く不健康に見えるよ」
と注意された。

確かにこの頃の自分は 自分の中では一番体重が少なかった。

そんな寒い冬がおわり やっと春を迎えた。
少しは気分が上向きになろうかと思った矢先
蟻が家中に発生するという 事件がおきた。

ある日、帰宅すると
大きな黒蟻が畳一面を埋め尽くすように広がっていたのだ。
殺虫剤を撒いてもなかなか 消え去らない。
畳の縁からとんどん湧いてくる。

2日がかりで 半分泣きながら 蟻と格闘した。
部屋の中心付近の畳の縁に 注入式の殺虫剤を2本全部注ぎ込むと
根絶したのか それ以来蟻は現れなくなった。

「この部屋には居たくない」そんな気持ちでいっぱいだったが
引越しにはお金が掛かる・・・
仕事は仕事で どうもうまくまわっていかない・・・
「もう嫌だあー」
つぶやいて ふっと 天袋をみあげると そこに ちかっと
赤い閃光が見えた。

ーそういえば、仕事でアクシデントが起きる前の日 
この閃光をみた様な・・・・そういえばあの時もあのときも・・
「符合するー」 偶然だよね。 眼の錯覚だよね。

そして 明け方
「南無阿弥陀仏~」と うなるように低音で唱える自分の声で眼が醒めた。
ーいまのお経・・自分の声だよね・・・なんで?なんで?

  ※ この話はほんきで実話です。 
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# by nanbuneko | 2006-02-05 16:09 | もののけの気配 | Comments(0)
2006年 02月 03日

雪あかり

父の病院へ行く。
今日は少し良いみたいで 言葉は出ないが私の事がわかる様子。

我家の介護が始まったのは10年前、母が脳溢血で倒れてからだ。
半身不随で車椅子生活となった母を 父が介護。
そのうち糖尿など父も介護が必要になった。
要介護者同士が在宅中は介護し合い? 
(この時期がかなり辛かった) 
結局2人病院や老健施設を転々とし 
今の老人ホームへ お世話になった。 
そして父は今、ひとり病院に移された。

母が倒れた時、私の息子は幼稚園の年中だった。

息子の幼稚園の持ち物にマジックで名前を書きながら
病院や施設を転々とする母の持ち物にも記名した。
幼稚園の上履きの15cmのバレーシューズに息子の名前を書き
25cmのリハビリ用のバレーシューズに母の名前を書いた。
(結構切なかった気がする)

息子はどんどん成長して 記名するものが毎年減っていったが
母だけでなく いつの間にか父の分の記名作業が増えた。

今、父は飲食できないから箸やスプーンや入歯用品や
リハビリのバレーシューズも不要。
入院ーときいて準備するものが いつもと違ってとても少ない。

病院にいっても 家族として出来る事は声を掛けるぐらい。

今、盛岡では「もりおか雪あかり」というイベントが催されている。
ちろちろと 雪の中でもえる炎を見ていると
こんなふうに静かに燈っている命もあるんだよなー
と 柄にも無い事を考えた。
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# by nanbuneko | 2006-02-03 21:46 | 介護生活 | Comments(0)